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東京地方裁判所 平成8年(ワ)15979号 判決 1997年4月08日

原告

松原伸行

松原育子

右両名訴訟代理人弁護士

田中裕之

被告

株式会社日本旅行

右代表者代表取締役

荘司晄夫

被告訴訟代理人弁護士

板垣圭介

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金一五万円及びこれに対する平成八年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金一九五万〇五六〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成八年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告と主催旅行契約を結んで被告の海外主催旅行「ハネムーンプラン グレートバリアリーフの休日&エアーズロック、シドニー九日 ヘイマン島コース」に新婚旅行として参加した原告らが、旅行日程の一部に組み込まれていた旅客運送機関である船(クルーザー)が当日になって突然小型水上飛行機(シープレイン)に変更されたため、あらかじめ被告が宣伝し原告らが楽しみにしていた豪華クルージングを堪能することができず、原告らのせっかくの新婚旅行が台なしになってしまったと主張して、被告に対し、主催旅行契約に基づく債務不履行を理由として、旅行代金額相当の財産的損害の賠償及び慰謝料の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  原告らは、平成八年五月一日に婚姻の届出をした夫婦であり(甲一)、被告は、旅行業法の規定による登録を受けて旅行業を営む株式会社である。

2  原告らは、平成八年六月ころ、被告との間で、同年七月六日新東京国際空港出発の被告の海外主催旅行「ハネムーンプラン グレートバリアリーフの休日&エアーズロック、シドニー九日 ヘイマン島コース」(以下「本件主催旅行」という。)に係る主催旅行契約(以下「本件旅行契約」という。)を締結し(乙一の1、甲二、乙三)、原告らは、そのころ、被告に対し、各自、本件主催旅行の代金四五万〇五六〇円を支払った(甲六)。

3  本件主催旅行の旅行日程の概略は、次のとおりであった。

第一日目 平成八年七月六日(土)

一九時四〇分 成田発 JL七七五便でケアンズへ(機中泊)

第二日目 同月七日(日)

三時五五分 ケアンズ着

五時四〇分 ケアンズ発 AN(アンセット・オーストラリア航空。以下同じ。)四八〇便でハミルトン島へ

六時四五分 ハミルトン島着 乗り継ぎ

七時一五分 ハミルトン島発 船でヘイマン島へ

八時一五分 ヘイマン島着。以後自由行動

(同島のヘイマンアイランドリゾートホテル泊)

第三日目 同月八日(月)

午前 シープレインでグレートバリアリーフ観光

午後 自由行動。一日ヘイマン島滞在(右リゾートホテル泊)

第四日目 同月九日(火)

終日自由行動でヘイマン島滞在

(右リゾートホテル泊)

第五日目 同月一〇日(水)

五時〇〇分 ヘイマン島発 船でハミルトン島へ

六時三五分 ハミルトン島着

七時一〇分 ハミルトン島発 AN四八一便でケアンズへ

八時一〇分 ケアンズ着 乗り継ぎ

一〇時三〇分 ケアンズ発 AN四八五便でエアーズロックへ

一三時〇五分 エアーズロック着セイルズ・イン・ザ・デザートホテルへ

夜 スタートーク(星物語)

(右デザートホテル泊)

第六日目 同月一一日(木)

朝 エアーズロックサンライズ観光

その後 エアーズロック登山と山麓巡り

昼 遊覧飛行

午後 マウントオルガ観光とエアーズロックシャンペンサンセット

(右デザートホテル泊)

第七日目 同月一二日(金)

一三時一〇分 エアーズロック発 カンタス航空(QF)四五五便でシドニーへ

一六時四〇分 シドニー着 全日空シドニーホテルへ

(右シドニーホテル泊)

第八日目 同月一三日(土)

午前 シドニー市内観光

午後 自由行動。一日シドニー滞在

(右シドニーホテル泊)

第九日目 同月一四日(日)

九時二〇分 シドニー発 JL七七二便で成田へ

一八時〇〇分 成田着 解散

4  他の旅客運送機関の手配とその運送機関の利用による旅行日程の管理についてと同様に、被告は、原告らに対し、本件旅行契約において、本件主催旅行の第二日目のハミルトン島からヘイマン島への旅行日程(以下「本件二日目の日程」という。)の旅客運送機関として船(クルーザー「サン・ゴッテス号」。以下「本件クルーザー」という。)を、同じく第五日目のヘイマン島からハミルトン島への旅行日程(以下「本件五日目の日程」という。)の旅客運送機関として船を、それぞれ、手配し、本件クルーザーの利用による本件二日目の日程及び船の利用による本件五日目の日程をそれぞれ管理することを約した。(乙一の1、甲三)

5  本件二日目の日程において、当日、実際に原告らの旅行のために提供された運送機関は、本件クルーザーではなく、六人乗りの小型水上飛行機(シープレイン)であり、かつ、本件五日目の日程についても、前夜になってから、原告らに伝えられた原告らの旅行のために提供される運送機関は、船ではなく、同じくシープレインであり、実際に当日シープレインによる運送サービスが提供された(これらの運送機関の変更をまとめて以下「本件変更」という。)。

6  原告らは、本件主催旅行の第五日目の平成八年七月一〇日午後から夕刻にかけて、エアーズロックから被告会社シドニー支店に何度も電話をかけ、同支店の支店長奥村高幸、支店次長柴田浩誠らの担当者に対し、本件変更について強く抗議し、担当者がシドニーからエアーズロックへ来て事情を説明するように要求した。

7  しかし、その後、原告らは、本件主催旅行の旅行日程として被告会社が手配した運送機関及び宿泊機関の提供した運送及び宿泊のサービスを、本件主催旅行の代金とは別の代金を出捐することなく、受けて、エアーズロックに滞在し、シドニーに移動し、シドニーに滞在し、第九日目の平成八年七月一四日、シドニー発JL七七二便で成田に帰国した。

8  その間の平成八年七月一二日、シドニーにおいて、奥村及び柴田は、原告らに対し、本件変更について被告に責任があることを認め、原告らの損害について原告らの請求に即して補償する旨を記載した書面(甲四。以下「本件謝罪文」という。)を差し入れた。

三  原告の主張

1  被告の本件旅行契約に基づく債務の不履行

(一) 本件主催旅行は、そのツアー名からも明らかなとおり、主に新婚夫婦を相手にその参加を呼びかけたものであり、本件クルーザーの利用による本件二日目の日程及び船の利用による本件五日目の日程は、参加者に印象的で思い出の多い新婚旅行を楽しむべき場所及び雰囲気を提供するよう企画された日程であって、本件主催旅行のいわば目玉であり、従って、被告が原告らのために本件クルーザー及び船を運航するように手配を行い、これらの運送機関の利用によるこれらの日程を現実に管理することは、被告の本件旅行契約の約定内容の重要部分を構成する。

(二) したがって、本件クルーザー及び船の運航に代えて、シープレインの飛行で原告らを単に移動させるにすぎない本件変更は、本件主催旅行を無意味、台なしにするものであり、かつ、それも、当日になって突然に、何らの説明もなく、原告らの承諾もないまま、本件変更が行われたのであるから、被告は、本件旅行契約で約定した債務の本旨に従った履行を怠ったものである。

(三) よって、被告は、右の債務不履行に基づき原告らが受けた損害を賠償すべき義務がある。

2  原告らによる本件旅行契約の解除

原告らは、本件主催旅行の第五日目の平成八年七月一〇日、被告会社のシドニー支店の支店長奥村及び同支店次長柴田らに対し、電話で、本件変更に係る被告の債務不履行を理由として、本件旅行契約を解除する旨の意思表示をした。

3  原告らの被った損害

(一) 原告らは、平成八年六月三〇日に結婚式を挙げ、一生に一度の新婚旅行として、本件クルーザーの利用による本件二日目の日程及び船の利用による本件五日目の日程を目玉とする本件主催旅行に参加したものであるから、本件変更によって、原告らは、本件旅行契約をしたことの目的を達することが不可能となった。このため、原告ら各自が本件旅行契約に基づき被告に対しそれぞれ支払った本件主催旅行の代金四五万〇五六〇円は、いずれも、前記の被告の債務不履行によって原告ら各自に生じた損害である。

(二) 原告らは、一生に一度の新婚旅行で堪能しようとした本件クルーザーによる豪華クルージングを楽しむことができなかったばかりか、小さな機体で原告らがこれまで体験したこともないような不安定な飛行をするシープレインに事情もわからないままの不安と失望の気持ちで二度も搭乗させられるなど、極めて不快な日程を強いられ、更に、原告松原育子は、妊娠中でもあったため、こうした本件変更によってその体調を崩し、原告松原伸行も、妻のこのような体調を心配しなければならず、原告らは、両名とも、多大な精神的苦痛を余儀なくされた。原告ら各自の慰謝料は、それぞれ、金一五〇万円を下らない。

(三) よって、原告ら各自は、被告に対し、それぞれ、前記一の財産的損害の賠償金四五万〇五六〇円及び慰謝料金一五〇万円の合計金一九五万〇五六〇円及びこれに対する本件訴状の送達の日の翌日から支払済みまで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  原告らの損害に対する被告による賠償の約定

平成八年七月一二日、被告会社のシドニー支店長奥村及び同支店次長柴田は、本件謝罪文の差入れをもって、原告らに対し、本件変更について被告に責任があることを認め、被告が原告らの請求に即した損害全額の賠償をすることを約した。

5  被告の主張に対する反論

(一) 原告らは、シープレインに搭乗したが、これは、被告が本件クルーザー及び船の手配義務を尽くさず、クルージングの適時適切な代替手段を提供して約定の旅行日程の管理をしなかったため、原告らがやむを得ずとった行動であって、かかる搭乗をもって、原告らが本件変更を承諾したものと認めることは不当である。

(二) また、被告は、原告らが本件旅行契約を解除する意思表示をしたのに、原告らを原状回復として直ちに帰国させるなどの適切な措置を講じなかったため、原告らは、やむを得ず、奥村、柴田らの求めに応じて、エアーズロックからシドニーに移動し、シドニーで無駄に時間を過ごさなければならなかったのであって、原告らのこれらの行動をもって、解除の意思表示を撤回したものと認めることはできない。

四  被告の主張

1  被告の債務不履行責任の不成立

(一) 本件変更は、本件クルーザーを所有し、これを運航して原告ら旅客の運送のサービスを提供するヘイマンアイランドリゾートホテルが被告が関与することができない事情の下でその運送のサービスの提供を中止したことによって生じたものであり、その変更の程度は、軽微であるから、本件変更については、被告は、本件旅行契約に基づく手配及び旅行日程管理の債務不履行の責めを負わない。

(二) 原告らは、本件変更の内容であるシープレインによる運送サービスの提供に応じて、これに搭乗したのであるから、いずれも、本件変更を承諾したものである。

2  原告らの契約解除の意思表示の撤回

原告らは、エアーズロックで、被告会社のシドニー支店の担当者に本件変更について抗議し、その際に、仮に本件旅行契約の解除の意思表示をしたとしても、その後も、原告らは、本件主催旅行の日程に従って行動をしており、原告らは、これらの全日程に参加する行動を通じて、いったんなしたその解除の意思表示を撤回したものである。

3  原告らの損害の不発生

(一) 本件主催旅行の代金中本件クルーザー及び船の乗船料金分は、特定しておらず、他方シープレインの搭乗料金は、別に請求されていないため、本件変更によって、原告らの支払った本件主催旅行の代金がその一部といえども無駄な出捐として原告らの損害となるものとはいえない。

(二) シープレインの飛行時間は、一回につき、一五分間ないし二〇分間の短時間であり、乗客がこれにより体調を崩すことは通常生じ得ない。被告は、原告松原育子が妊娠中であることを知らなかったが、仮に同原告が体調を崩したことがあったとしても、成田―ケアンズーハミルトン島の間の長時間の飛行機搭乗がその原因となった可能性も否定しがたいから、本件変更と同原告が体調を崩したこととの因果関係は認められない。

4  過失相殺

原告らは、第二日目にハミルトン島で本件変更を知った時直ちに被告に対しこのことを連絡せず、また、その後も本件第五日目の日程を終わってエアーズロックに移ってしまうまでの間、被告に対し本件変更を連絡しなかったため、被告は、旅行日程の管理に必要な措置を講ずることができなかったのであり、仮に被告に本件変更について債務不履行があるとしても、その債務不履行による原告らの損害の賠償額を定めるについては、原告らの右過失を斟酌すべきである。

5  奥村及び柴田による損害賠償の約定の無効又は取消し

(一) 奥村及び柴田が原告らに本件謝罪文を差し入れたのは、原告松原伸行が、平成八年七月一二日、シドニー空港で、大勢の日本人観光客がいるところで、奥村らに対し、「被告の宣伝には、豪華クルーザーを使用すると書いてあるのは、当初からできないことを知ってやったんだから詐欺である」、「これを認めろ」と強要した上、奥村らがこれを拒否したところ、同原告が、日本人観光客多数に向かって、大声で、「皆さん日本旅行は詐欺をする会社です」などと何度もいやがらせをしたので、奥村らが、やむなく、同原告が言うとおりに文書に書いてこれを同原告に渡したという次第であった。

(二) 本件謝罪文中の原告の請求に即して損害の補償をする旨の約定は、奥村らが被告のためにそのような約定をする権限を有していなかったから、被告についてその効力を生じない。

(三) 仮に本件謝罪文中の約定が被告についてその効力があるとしても、奥村らがその意思表示をしたのは、(一)のような原告松原伸行の強迫によるものであるから、被告は、平成八年一〇月二二日本件第二回口頭弁論期日で陳述した被告第一準備書面をもって、その約定に係る意思表示を取り消す。

(四) また、本件謝罪文中の損害賠償として旅行客である原告らの言いなりの額を支払う旨の約定は、公序良俗に反する行為であり、無効である。

四  争点

1  被告は、本件変更について本件旅行契約に基づく債務不履行の責任を負うか。

2  原告らによる本件旅行契約の解除の成否

3  原告らが被った損害の内容及びその額

4  原告らの損害に対する被告の賠償の約定の存否、有効性

5  原告らの過失の存否(過失相殺の成否)

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件変更についての被告の債務不履行責任の有無)について

1  本件変更は、全体九日の旅行日程のうちの本件二日目の日程の一部及び本件五日目の日程の一部の各運送機関の変更であり、その各運送機関が運航する時間もそれぞれ約一時間の予定がそれぞれ約二〇分足らずの実際運行時間に変更されたものであるが、証拠(乙一の1、甲三、甲六)によれば、本件主催旅行の旅行計画の内容としては、主催する被告の宣伝パンフレットでも、参加者がハミルトン島からヘイマン島への海を豪華クルーザーである本件クルーザーで堪能すること、本件クルーザーで貴族に愛されたヘイマン島へ向かう楽しみが大きいこと、本件クルーザー自体豪華クルーザーで充実しておリクルージングが楽しめることを強調しており、本件クルーザーの利用による本件二日目の日程及び船の利用による本件五日目の日程は、オーストラリア以外の地域の海外新婚旅行の計画やオーストラリアの他の観光地の新婚旅行の計画と比較しても本件主催旅行の特徴のうちの主なポイントの一つとされていること、そして、現に原告らはこの特徴点に着目して被告と本件旅行契約を結んだことが認められ、これらの事実によれば、本件変更は、被告が指示したり、事前に承諾したりしたものではないとしても、本件旅行契約で被告がその手配と旅程の管理とを約定した運送機関の種類の変更で重要なもの(旅行業約款一五条二項1号)に該当すると認められる。

2  本件変更が生じた理由は、証拠(甲六)及び弁論の全趣旨によれば、本件クルーザーを所有し運行するヘイマンアイランドリゾートホテルが本件主催旅行に参加した旅行者が原告らのみであり、本件二日目の日程としては乗船客が少なすぎることを理由に一方的にシープレインに変更したこと、本件五日目の日程としては同様に乗船客が少なすぎることのほか、運航開始時刻が朝早すぎることが理由で同ホテルがこれまた一方的にシープレインに変更したことが認められる。しかしながら、証拠(乙一の1、乙三、甲二)によれば、被告は、本件主催旅行については、その最少催行人員を二名とすることを約したこと、かつ、本件五日目の日程として船で早朝五時にヘイマン島を出発してハミルトン島へ向かう日程を手配し、管理することを約したことが認められるから、これらの事実によれば、ヘイマンアイランドリゾートホテルが右のように一方的に本件変更をしたことは、被告の本件旅行契約に基づく手配が被告が原告らに対して約束した内容のとおりには直接又は間接にヘイマンアイランドリゾートホテルには行き届いていなかったことの結果と推認される。すなわち、本件変更は、被告の本件旅行契約に基づく債務の不履行によるものといわざるを得ない。

3  被告は、原告らが本件変更を承諾した旨主張するが、証拠(甲六)によれば、本件主催旅行の第二日目に原告らがハミルトン島に到着してあらかじめ案内されていたヘイマン島のカウンターに行くと、後にシープレインのパイロットと分かったオーストラリア人とおぼしき日本語のわからない者が英語で原告らに話し掛け、英語のよくわからない原告らがその者の手招きした方向に行くと、シープレインが待っており、事情のわからないまま救命胴衣などを身につけさせられてシープレインが出発してしまい、原告らがヘイマン島まで運ばれたこと、また、ヘイマンアイランドリゾートホテルに着いてから原告らがホテルの日本人用カウンターで日本語を話す従業員に本件クルーザーではなくシープレインであったことを尋ねると、その従業員が「帰りは大丈夫ですから安心して下さい」と答えたこと、本件五日目の日程について前日の七月九日の夜にホテル側の日程説明の担当者が原告らに対し五日目の出発が予定より遅い時刻になることとシープレインになることを告げ、人数が少なく、出発時刻が早いので船は出せないとその理由を述べ、原告らが船を出すように抗議したが、電話で問い合わせをした末、結局、船は出せないと回答して、原告らの抗議を入れなかったこと、原告らは、旅程表の緊急連絡先に電話したが話が伝わらず、そのうち翌朝になってしまい、原告らが納得できないままシープレインに乗ってハミルトン島へ向かうほか仕様がなかったことが認められ、これらの事実を考えると、原告らが本件二日目の日程及び本件五日目の日程でそれぞれシープレインに搭乗したことがあるとしても、これをもって、原告らが本件変更を承諾したものと認めることはできず、ほかに原告らが本件変更を承諾したことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告の前記の主張は、採用できない。

二  争点2(原告らによる契約解除の成否)について

原告らは、平成八年七月一〇日、原告松原伸行が被告会社のシドニー支店の支店長奥村、同支店次長柴田らに対し、電話で、本件旅行契約を解除する旨の意思表示をした旨主張するが、同原告の陳述書(甲六)によっても、同原告が同日、電話で奥村に話したことは、「原告らの今回の旅行の目的がハミルトン島とヘイマン島との間の船旅であり、もう旅行を続ける気がなかったので、『帰らせてくれ』と旅行を止めたい」旨を言い、加えて、「シドニーに行く手段もわからないので、シドニー支店の担当者にエアーズロックへ来て事情の説明をすることを求める」旨を言ったというのであり、また、これに対し、奥村が「そちらへは行けません。とにかくシドニーに来て下さい。」、「旅程に従ってシドニーに来て下さい。その時に話し合いましょう。」という答えを繰り返すやりとりがなされたことが認められるにすぎず、これらの事実があるとしても、原告らが本件主催旅行にそれ以上参加する気持ちを一時的に失い被告に対し帰国の特別のサービスを要求したにすぎないとも考えられるから、原告らが本件旅行契約を解除する(すなわち、契約を遡及的に解消して原状回復その他の清算を請求する)までの意思を表示したものとまでは認められず、ほかに原告らが本件旅行契約を解除する意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告らの契約解除の主張は、理由がない。

三  争点3(原告らが被った損害の内容及びその額)について

1  原告らは、被告の債務不履行により生じた本件変更が原因で、原告らがそれぞれ被告に支払った本件主催旅行の代金額相当の財産的損害を被ったと主張する。

しかしながら、原告らは、本件クルーザー及び船以外の本件主催旅行について被告が手配したすべての運送機関を利用した上、被告が手配したすべての宿泊のサービスを受け、また、運送及び宿泊以外の被告が手配したすべてのサービスを受ける機会を享受したことが当事者間で争いがないところ、本件主催旅行の内容その他に照らすと、原告らが被告に支払った本件主催旅行の代金のうち本件クルーザー及び船の利用代金分は、ヘイマンアイランドリゾートホテルにおける宿泊料金とともに一括して算定されているものと推認され、その金額が具体的にいくらかとなるかを認定することができない。

そして、本件全証拠によっても、原告らが被告に支払った本件主催旅行の代金の全部又は特定の一部分が本件変更により原告らが被った損害となることを認めることはできない。

そうして見ると、本件変更により原告らに財産的損害が生じたとは認められない。

2  次に、被告の債務不履行により生じた本件変更のため原告らが被った精神的損害について検討するに、証拠(甲六、乙一の1)によれば、原告らは、平成八年六月三〇日に結婚式を挙げ、新婚旅行として、本件クルーザーの利用による本件二日目の日程及び船の利用による本件五日目の日程を特徴点の一つとする本件主催旅行に参加したこと、したがって、原告らは、新婚旅行で本件クルーザーによる豪華クルージングを堪能しようとハミルトン島とヘイマン島間の海、本件クルーザーなどを大いに楽しみに期待していたこと、しかしながら、英語がわからないため事情もわからないままの不安と失望の気持ちでシープレインに搭乗させられたこと、シープレインが小さな機体で原告らがこれまで体験したこともないような不安定な飛行をしたこと、ホテルの日本語を話す従業員が原告らに対しヘイマン島からハミルトン島への復路は船旅となる旨説明したのでこれに期待したのに本件五日目の日程でも原告らの当然の要求にもかかわらず船ではなくシープレインをあてがわれてしまい、ついにハミルトン島とヘイマン島の間のクルージングを堪能する機会を失ったこと、しかも、原告らは、その後被告会社の担当者から本件変更の理由の説明を受けたが、結局、本件主催旅行の参加者が原告らのみで人数が少なかったために本件クルーザー及び船の運航が中止されたという原告らとしては全く納得できない理由しか告げられておらず、原告らの不満が全く消えていないことが認められる。

3  他方、原告らは、原告松原育子が本件変更によるシープレインの搭乗中に不安定な飛行のためその体調を崩したと主張し、原告松原伸行の陳述書(甲六)中にはこれに副う供述部分があるが、この供述は、客観的根拠に欠け、誇張が含まれている疑いがあり、採用しがたく、ほかに原告松原育子がシープレインの不安定な飛行のためにその体調を崩したことを認めるに足りる証拠はない。

4  前記2に認定した事実によれば、原告らは、被告の債務不履行により生じた本件変更のため、いずれも、当然許された期待感を裏切られ、近い将来には同様の楽しみを実現することがほとんどできないとの失望を余儀なくされるという相当大きな精神的苦痛を強いられたものといわなければならない。

原告らのこれらの精神的苦痛に対する慰謝料は、本件変更の理由、本件変更の実施状況、本件主催旅行の特徴、原告らのこれに参加した理由その他これまでに認定した諸事情に加え、次のような事情、すなわち、原告らがヘイマン島に丸二日以上自由行動の日程で滞在したのであるがヘイマン島の現地では料金七〇ないし一二〇オーストラリアドルを払えば周辺海域のクルージングが一、二利用できたこと(乙五)、原告らもこのことを知っていたが、復路に船旅ができるものと思っていたため、これらのオプショナルツアーのクルージングを利用する気にならなかったこと(甲六)、被告が主催旅行契約の重要な変更が生じた場合に旅行業約款二五条の規定により支払う変更補償金の最高限度が旅行代金の一五パーセントと定められていること(乙二、弁論の全趣旨)をも合わせ考慮すると、原告ら各自につき金一五万円をもって相当と認める。

四  争点4(奥村、柴田らがなした被告による賠償の約定の存否、有効性)について

証拠(甲四、甲六)及び弁論の全趣旨によれば、本件謝罪文は、原告松原伸行が平成八年七月一〇日以降奥村、柴田ら被告会社のシドニー支店の担当者に対し既に済んでしまった本件変更に対する抗議を繰り返し、被告会社の許欺であることとその責任を負うこととを認めることを強く要求してやまないため、奥村及び柴田が被告のために代理する権限もないのに同原告の言うがまま(例えば、「私どものいつわりの広告表示」、「損害保証については、、、充大な過失があり、」、「約款にとらわれず、お客様の御請求にそくして保証させていただきます」などの表現は、奥村及び柴田が本気で意思表示しているものではないことを優に物語っているところである。)を文書に記載して、何ら押印もないままこれを同原告に差し入れたものであって、同原告もこの記載により奥村及び柴田が法律行為をしているのではないことを知り得たことが認められ、これらの事実を考慮に入れると、奥村及び柴田が本件謝罪文を差し入れたことをもって、被告が原告らに対し原告らの損害に対し原告らが請求する額を賠償する旨の約定をしたものと認めるには至らず、ほかに被告が原告らに対しそのような約定をしたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告が原告らの請求に即した損害全額の賠償をすることを約した旨の原告らの主張は、理由がない。

五  争点5(原告らの過失の存否―過失相殺の成否)について

被告は、原告らが被告に対し本件変更を連絡しなかったことについて原告らに過失があり、損害賠償の額を定めるにつきこれを斟酌すべきであると主張するが、本件全証拠によっても、原告らが被告に本件変更を連絡すべき義務を負っていたこと、そして、原告らがその義務を怠ったことを認めることはできない。

したがって、被告の右主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第四  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、いずれも、前記認定の慰謝料とこれに対する本件訴状の送達の日の翌日から支払済みまで法定の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は、いずれも、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文及び九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ、適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官雛形要松)

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